はじめまして!こんにちわ!現在、千葉県の大学に通っている林原成治(キャンプネーム︰じぞう チェリー)です。
小学生から高校生まで花山キャンプとつまごいスキーキャンプにキャンパーとして参加、大学生になってからは花山キャンプやつまごいスキーキャンプのカウンセラーとして参加させていただいてます。
私が幼少研のキャンプに参加するきっかけになったのは親ですが、毎年参加し続けたのは
キャンプが自然を楽しくしてくれてたこと、何よりも3B(3バカ)と呼ばれていた良友の存在です。(今回のリレーコラムも3Bの友達が持ちかけてくれたものです。)キャンプに参加するとカウンセラーも含め初めて会う人も久しぶりに会う人もキャンプを通してすぐに仲が良くなりました。私を含めある3人が3Bと呼ばれていたのですが、カウンセラーを困らせることで有名だった3Bの残りのメンバーとは特に仲が良かったです。イタズラばかりする3人で大人達を困らせては、親宛ての報告書にキャンプでの生活を書かれて親に怒られていました。今となっては最高の思い出です。コロナが流行ってることもあり最近はキャンプのメンバーと会えてませんがメールやLINEをして連絡をとりあっています。話していると自然とキャンプの話になることが多いですが笑
私にとってはキャンプは何物にも代え難いものです。私を形作っていく上で重要なピースだった思います。
カウンセラーとしてキャンプに参加するようになってからは自分のすること一つ一つに責任感を強く持つようになったと思います。カウンセラーとして初めて参加したときはカウンセラーの行動一つでキャンパーの行動も変わってくるので不安でいっぱいでしたがあの時に勇気をだして参加したおかげで学校生活がより充実しています。将来の目標も立ち、今では自分の目指す道に行くために薬剤師の資格をとろうと奮闘しています。
最後に、私にとってとても大切な存在であるキャンプがこれから参加するキャンパーやカウンセラーの皆さんにも大切な存在であり続けるようにして行きたいです。
自然とキャンプはキャンパーだけでなくカウンセラーも成長させてくれると思います。

私は愛知県の春日井市出身です。子供の頃から里山で暮らし、母と散歩しながら野草を取りに行ったり、おじいちゃんとたけのこや椎茸を取りに行ったり、友達とは川で魚を捕まえ、山でかくれんぼして遊んでいました。イナゴや蜂の子なんかも食卓で出るような、ばりばりの田舎育ちです。
そんな私が野外の道に興味を持ったきっかけが母の存在です。母は、近くの少年自然の家で野外活動の指導者をしています。いつも楽しそうに仕事の出来事を話してくれたり、野草や鳥、虫、夜には外に出て星座の話もしてくれて、母のおかげで小さい頃から自然が大好きでした。その頃から私は、将来母のような仕事がしたい!と思っていました。
私が野外指導者としての道に踏み込んだのは、大学の時です。地元の友達は県内の大学を受験するなか、野外の指導者として学べるところに行きたい!と滋賀県にある「びわこ成蹊スポーツ大学」に入学し、”野外スポーツコース”に所属しました。
大学4年の夏に、ゼミの先生が「ちぃこんなのあるよ!」と教えていただいたのがWEAコースです。約2週間、東北の山での生活でしたが本当に濃い学びと成長が得られる経験でした。
私は高校2年から大学4年生までの間、神戸YMCAでのボランティアで、キャンプカウンセラーをしていました。主な活動拠点は、香川県の小豆島からあの有名なエンジェルロードを渡った先にある「余島」という無人島でした。私の大学生活はほぼキャンプ中心の生活でした。週末はデイキャンプやトレーニングで予定が埋まり、夏休みはずっと余島にいました。みんなで歌を歌ったり、焚き火を囲んで語り合ったり、、、あとは雨の日にテントに響く雨音や、登山のあとにお風呂につかる瞬間が好きです。そして何より、自然の中で仲間とたくさんの挑戦をしながら、本気で笑ったり悩んだり、感情が忙しくて、でも幸せで、だからキャンプが大好きです。
大学3年生のときに、神戸YMCAのディレクターに声をかけてもらってLNTマスターエデュケーターコースに参加しました。そこでばくさんと出会いました。そして、大学4年の夏に花山キャンプに参加させていただきました。
私が花山キャンプに参加させていただいたのはたった一度きりでしたが、それは私にとって強烈な出来事でした。壮大で豊かな自然、逞しく元気で力強いキャンパーたち、柔軟でリーダーシップのあるカウンセラーやスタッフたちに、もう圧倒されっぱなしでした。その中で私は何もできずに終わってしまい、とても悔しかったです。でも「もし自分に子どもができたら絶対に花山に送り出したい」と心の底から思うくらい、花山キャンプは魅力的で、人を成長させるキャンプだと感じました。




